自然治療通信
12.低線量放射線でも健康被害は発生する
崎谷研究所・医師の崎谷です。
震災、福島第一原発事故からすでに２年近く経過していますが、何も解決を見ないまま、時間が過ぎ去っています。今回は、現在議論されている「低線量被ばく」について、私が以前調査した内容をお伝えしたいと思います。
遺伝子（DNA、RNA）を扱う「分子生物学」の発展によって、放射線（電離放射線）は直接遺伝子を障害（DNAの結合を切断）できることから、ある一定の確率でミトコンドリアや核の遺伝子の突然変異を増幅してしまうことが可能な物質だということが分かっています。
そして今までの放射線障害では100ミリシーベルト（mSv）以上で、被ばく量に応じて発ガン率が上がることが広島・長崎の原爆被ばく調査などで証明されてきました。ではそれ以下の低線量では健康被害はないのでしょうか？
アブラム・ペトカウは、1972年に牛の脳から取り出したリン脂質で作成した細胞膜の放射線実験を行いました。その結果、長時間低線量放射線を照射する方が、瞬間高線量放射線を照射するよりも細胞膜の破壊度が高いことが分かりました。これを「ペトカウ効果」といい、低線量放射線の被ばくの危険性を最初に実験的に証明したものでした。
それでは低線量放射線でも実際に健康被害が出るのでしょうか？
国際がん研究機関所属（IARC）のカーディス氏らが中心になってまとめた15カ国の原子力施設労働者の調査が、『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』誌（BMJ 331 : 77 doi: 10.1136）に掲載されました。
5カ国の59万8,068人の原子力施設の労働者のうち１年以上原子力施設で働き、外部被曝線量記録がはっきりしている40万7,391人で、追跡調査を含めて、約520万人年分の調査を行ないました。これまでの原子力施設労働者の調査では最大規模です。原子力施設労働者は普段より線量計をつけていますので、外部被ばく蓄積線量が正確に分かります。したがって、この調査である程度、外部被ばく量と疾病の関係が明らかになるはずです。
被曝線量は、集団の90％は50ミリシーベルト以下で、500ミリシーベルト以上被曝した人は0.1％以下、個人の被曝累積線量の平均は19.4ミリシーベルトでした。ほとんどの人が低線量被ばくでした。
調査期間中の全死亡数は２万4,158人、白血病を除く全ガン死は6,519人、慢性リンパ性白血病を除く白血病による死は196人でした。慢性リンパ性白血病は、通常放射線障害で発症しない白血病であるため除外されています。その結果、白血病を除く全ガン死は、１シーベルト被曝すると、被曝していない人の約２倍になる結果が得られました。
この平均19.4ミリシーベルトの低線量被ばく調査集団（コホート）中で、すべてのガン死を調べると約１～２％は放射線被ばくが原因と考えられました。また、広島・長崎の原爆被ばく調査では、すでに100ミリシーベルト以下の低線量領域でも、ガン発症率と線量との間に直線比例関係が認められています（Radiat Res 2000; 154:178）。以上より、100ミリシーベルト以下の低線量放射線外部被ばくでも、ガン増加作用があることを示しています。
また、チェルノブイリ原発事故の後始末を命ぜられた作業員たちの健康調査では、白血病や悪性リンパ腫のような血液ガン疾患、白内障、心臓血管疾患などが低線量被ばくで引き起こされていることが明らかになっています(Clinical Oncology 2011; 23, 251-260)。
このように最近の調査で原発産業従事に対する、あるいは原発事故による低線量被ばくによって、ガンの発生のリスクが高くなるという事実が次々と発表されるようになりました。
また、広島・長崎の被ばく者の長期追跡結果では、被ばく当時胎児、そして乳幼児であったひとが成人したときのガン発症率は、55歳時点で、それぞれ3.8％と4.2％でした（J Natl Cancer Inst, 100(6): 428-436）。55歳以降にはもっと増加するでしょう。
これも広島・長崎の被ばく者調査結果ですが、被ばく線量が同じ場合、20歳から39歳までの発ガン死亡リスクに比べて、ゼロ歳から9歳までは３倍、10歳から19歳までは２倍になります（Radiat Res 2003; 160: 381）。胎児や乳幼児は成人よりも放射線感受性が高い（同じ線量を受けても、健康障害が出やすい）ことは留意しなければなりません。
実際に、妊娠後期にＸ線検査したことによって、生まれた子供に発生する小児ガンが40％増加するという論文も発表されています（Br J Radiol 1997; 70: 130）。この場合も、被ばく線量は最低でも10ミリシーベルトと推定されています。
これらの原子力発電や原爆の低線量被ばくによるガンの発症率は、たしかにＣＴ検査などの医療被ばくによる発ガン率（日本で３％前後）と同程度になっています。線量が同じくらいであれば、原発であろうとＣＴであろうと健康被害は同じはずですので、「100ミリシーベルト以下の低線量被ばくで、発ガン率リスクの増加がみられない」というのは、すでに過去の呪文になっています。現在では、「100ミリシーベルト以下の低線量被ばくでも、発ガン率リスクはわずかながら増加する」というのが世界のコンセンサスです。