長寿はエピジェネティックに遺伝,線虫を使った実験で証明
ヒストンのメチル化に関与する遺伝子を操作し,後天的に導入したエピジェネティック変異による長寿の形質が,3世代にわたって継承されることを,線虫を使った実験により明らかにしました(Nature 2011; 479: 365-371)。
線虫は寿命曲線がヒトと類似しており,平均寿命は16日程度。そのため,老化研究の実験動物として用いられています。DNAやクロマチン(DNAと蛋白質の複合体)への後天的な修飾,エピジェネティック変異が次世代へ遺伝する例はいくつか知られていますが,寿命のような複雑な遺伝形質に関するエピジェネティック変異の例は,これまで知られていませんでした。
蛋白質ヒストンH3の4番目のリシン(H3K4)に3つのメチル基を付加するトリメチル化複合体をコードする3つの遺伝子,ash-2,wdr-5,set-2をそれぞれ不活性化するというジェネティックな変異によって,線虫の寿命が最大で約30%延びることを,2010年に報告していました(Nature 2010; 466: 383-387)。
今回の実験の結果,野生型との戻し交配(wdr-5,set-2)やRNA干渉の中止(ash-2)によって,ジェネティックな影響を完全に除去した後でも長寿の形質は3世代にわたって継承され,長寿の程度もジェネティックな影響が残っているときと大差はありませんでした。また,3世代の間に徐々にエピジェネティックな効果が減少するのではなく,4世代目で突然効果がなくなり,長寿の形質が失われたといいます。
このエピジェネティックな変異による長寿の形質は,ヒストンH3K4トリメチル基に対する脱メチル化酵素RBR-2の活性がないと現れないことから,最初はゲノム全域にわたるヒストンH3K4トリメチル化修飾の低下が長寿形質の原因かと考えられました。しかし,実際はゲノム全領域のトリメチル化修飾に変化が認められなかったことから,局所的なトリメチル化修飾の変化に起因している可能性が疑われました。
そこで,マイクロアレイを用いて,wdr-5のジェネティックな影響がなくなった後の遺伝子発現変化を,エピジェネティックな影響が残っている3世代目と,その影響が消えてしまう4世代目で比較したところ,wdr-5突然変異体で発現していたいくつかの寿命に関連する遺伝子が3世代目でも依然として発現していたのに対し,4世代目では完全に元の野生型の遺伝子発現パターンに戻っていました。
このことから,ジェネティックな影響がなくなった後でも,いくつかの寿命関連遺伝子近傍の局所的なヒストンH3K4トリメチル化修飾は低下したまま世代を超えて維持され,長寿の形質を生み出していることが示唆されました。
今回の研究では、ヒストンH3K4トリメチル化修飾の低下というエピジェネティック変異のみが,寿命関連のエピジェネティック変異としては唯一,3世代と限定的ではあるが,次世代に継承されるということが分かりました。このヒストンH3K4トリメチル化複合体は,酵母からヒトまで種を超えて保存されています。
今回の研究のように環境によって、何世代にわたって遺伝することもあれば、突然遺伝がなくなるというような知見は、生活習慣改善が健康に与える影響を強く物語っています。
■本情報・記事の著作権は全て崎谷研究所に帰属します。許可なく複製及び転載などすることを固く禁じます。無断複製、転載及び配信は損害賠償、著作権法の罰則の対象となります。